ゆるゆると進むべし

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初詣。鎌倉・銭洗い弁財天でおみくじをひいた。小吉。
「願事:あわてず騒がず、ゆるゆると進むべし」
とはじまり、全体を通して、焦るな、騒ぐな、ゆっくり行け、のオンパレード。


 ぼくはもともとボーッとした性格なのでそのまんま。なるようにしかならないし、なるようになる。そういえばこれまでだって、ただ、めぐりを待ち、流れにのって生きてきただけだ。
 数年前、『インド・まるごと多聞典』という対談本を作ることになった時、ぼくはどんな本にしたらいいのか、かなり悩んだ。
 近所に住んでいる出版社の社長がある日突然、「矢萩多聞を紹介する本を作りたい」と言ってきた。もちろん本なんて作ったことない。ぼくは自分自身を紹介することほどやり辛く、こそばゆいものはないなぁと思いながら、結局、対談本という形にした。
 本来の企画意図に合い、それがうまくいったのかいかなかったのか、いまだによく分からない。売れていないという話を小耳に挟むと、ああ、スイマセンと申し訳ない気持ちになる。
 ただ、それがキッカケとなって、ぼくは装丁の仕事をするようになった。コンピュータも使えない、本もほとんど読まないぼくが、装丁の仕事なんて出来るのかしら。自信はなかったが、まあ試しにやってみたら…と社長に押され、こわごわ装丁をした。
 不安は山ほど。右も左も分からない。だから、貪るようにデザインや印刷の本を読み、DTPを覚え、手探りのまま紙を選び、色を見つけた。
 だが、出来上がってくるものはいつも恥ずかしい失敗品だった。100%満足できる仕上がりのデザインなんてひとつもない。どの装丁も試作品であり、それがそのまま本番になる。仕事とは常にそういうものだ、と分かるようになったのは近ごろの話で、渦中にいる時は、こんなデザインでいいんだろうか、ぼくは場違いなところにいるんじゃないか、といつも迷っていた。
 いろいろ迷いながらも、仕事はつながり、いまではありがたいことに他社の仕事も請けられるようになったが、それもこれも、紐解けば春風社にぼくの本を作って頂いたおかげである。
 さらに解けば、うちのお店があり、近所に社長が暮らしていたおかげ。絵も描かず、インドにも行っていなかったら、どの縁もつながっていなかった。本のあとがきにも書いたが、幾千、幾万もの選択肢と気まぐれの上に、今のぼくがある。どれひとつつながっていないものはない。
 正直、まだまだ不安も迷いもある。それはどんな仕事をし、どんな暮らしをしていても、人間であれば避けられないことかもしれない。
 渦中にいる時、人間は前しか見れないし、ひとつのことしかできない。ときどき、後ろを振り返ってみることもあるが、そんな時は「こうすればよかった」という後悔より、むしろ感謝の気持ちの方が強い。
 運だけで生きてきたというよりも、人と人に生かされてきたのだ。だれも一人で生きてないし、生きるようにできていないから、それはそれでいいと思っている。
 いまは、ただ感謝して、ゆっくり息を吸って、また歩くしかない。たよりもとない自分の道を、いつも不安になりながら、どこでもないどこかへ向かう。行き先は分からないが、それを見るのは他の人たちに任しておきたい。
 最後に大好きなマハトマ・ガンディーの言葉を記し、これを年頭のご挨拶としたい。

自然は
自分自身の背中を
見ることができないように
我われを作った
背中を見ることは他の人に
任せられている

 どうぞ今年もよろしくおねがいいたします。

2 Comments

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wakakoreply
1月 07, 2005 at 10:01 PM

あけましておめでとうございます。
ガンディージーの言葉
今の私にはとっても突き刺さりました。
背中、見られるように作られていたんですね。

みうらreply
1月 08, 2005 at 08:01 PM

男女の間でなくても、縁は異なものだねえ。
「異なもの」の後、「味なもの」とつづくところがまたいいね。
頬杖をつき、年頭に当たってのご挨拶↑ふんふん頷きながら、
気持ちよく読ませていただきました。
ガネーシャがとりもつ縁かな。
お店に初めて入った時のあかねさんのキラリの眼も忘れられません。
おっと、ラーメン、ラーメンね。そうそう。
今年もどうぞよろしく。

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