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  • 201007.19

    7月の日記

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    7/3 トーク+南インド料理「インドさんさん録」。大盛況。料理に気合いを入れすぎて、肝心のトークの準備がおろそかになってしまった。中島岳志さんのように、直前30分でトーク内容を組み立てられるはずもなく、さんざん録だった。今度かこの手のトークをやるときは「多聞のヨタ話」とかにするかな。

    7/4 杉浦康平さんと中島岳志さんの対談トークイベントが青山ブックセンターで。唐草、蔓蔦、木、なめる、闇、見ること見ないこと、須弥山……杉浦さんから見たインド、アジアの世界観。中島さんの絶妙な合いの手(そして、もはやテッパンネタのインド話の数々)が、すばらしかった。ひさびさに面白いトークイベントだった。
    杉浦さんがデザイナーは人と人をつなぐ役、と語っていて、大きくうなづいた。
    ぼくのデザイン事務所の名まえ「Am Creation」の「Am」は、”I am”の”am”でもある。デザインは”I”ではなく、”am”にひそんでいる。私の外にいて、何ものにもなれる存在。何かのアクションを起こしたときに、自分と他者の間に生まれる火花のようなもの。そんな風に本づくりができたら最高だなぁ、といつも思っていた。デザイナーは、五本の指をひとまとめにする掌のようなものと言われ、御大からポンと肩をたたかれたような気がした。
    トーク後、中島さんと一緒にご飯をごちそうになった。杉浦さんは、アジアを代表するデザイナーでありながら、偉ぶらず、ほがらか。たくさん元気をいただいた。工作社の編集者さんいわく、「杉浦さんはいまだに毎回迷いながら本を作っているんです」と。なんてすてきな話だろう。ぼくもずっとずっと迷いながら、本を作るぞー。

    7/10 毎年恒例、若くして亡くなった同級生の墓参り。今年は小学校のときの先生と、友だちと。墓前で缶ビール飲みながら、いつも同じような思い出話をする。そのあと場を移し、同級生の奥さんがやっている居酒屋へなだれこむ。友だちの奥さんが人情屋で、酒を飲みながら何度も泣きそうになる。何十年たってもずっとこの日を大切にしたい。

    7/16 春から習いはじめたヒンディー語の授業。前期終了し、おつかれさん会。まだ全然ヒンディー語のことはわからないけれど、いままでもやもやしていた霧が晴れていく感じ。文字を何度も書いて、自分の体と合わせていく過程は、なんともいえない快感。夏休みの間は、単語の書き取り練習にいそしみたい。

    7/某日 あまりの暑さで、PCがおかしくなる。キーボードさわってもいないのに、「あああああああああああ」とか打たれるポルターガイスト現象。あわてて冷房をつけたら直りました。
    家ではほぼ毎日ドーティー(インドの腰巻き)で過ごしています。宅急便の配達兄さん、最初は怪訝そうな顔して見ていたが、もはや慣れたみたい。夏はよい。

  • 201007.01

    ヤモリ日記

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    暖かくなって、湿度が出て
    ヤモリの動きが活発になり、うれしい。

    夕暮れから、仕事部屋のすりガラスの窓にペタッと張り付いて、
    部屋の明かりに集まる蚊や小さい虫を食べてくれる。
    日が沈んだら仕事をしない、というのを我が社の目標にしているが、
    ヤモリが窓辺でガツガツむしゃむしゃやっていると、
    もうちょっとがんばってみっか、という気分になる。

    嫌いな人は身の毛がよだつかもしれないが、
    ヤモリの手足のまるっと、ペタッとした感じがすきだ。
    猫のようにだいたり、なぜたい気持ちにはならないが、
    いるだけで、なんか安心する。家守だし。

    このところ、よく窓辺に現れるヤモ子(仮名)は、おなかが大きい。
    窓からすけて、でっぷりした腹がみえる。
    薄い腹の皮からすけて、ぷくぷくした卵がふたつみえる。
    この小さな生き物は、律儀に一回に二個の卵を産むらしい。
    お産のためだろう。食欲も相当だ。
    それが仕事よ、と言わんばかりに、ずっと食べてばかりいる。

    さっき、別のヤモリ、ヤモ男(仮名)がのそのそやってきた。
    ヤモ子が食べようとしていた虫を横から盗み食いしたのが
    カンにさわったのだろう。
    猛烈ないきおいで、ヤモ子は、ヤモ男にかみついた。
    ふくふくと太ったヤモ子にくらべ、ヤモ男は稼ぎが少ないようで貧相だ。
    しっぽを半分かじられて、じたばたしながら逃げていった。

    ケッ、ケッ、ケッと高らかな鳴き声。
    まけるなよ、ヤモ男。

  • 201006.30

    ずいぶん前の写真だ。1996年くらい。
    アーンドラ・プラデーシュ州のプッタパルティという小さな町に暮らしていたとき。
    家から歩いて30分くらいのところにあるタマリンドの林へ
    散歩するのが日課だった。

    林の木陰には、小さなクリシュナの祠。
    牛飼い、羊飼い、豚飼い…
    いろんな動物と人が涼しい影を求めて集まっていた。
    ごろりねそべり、豚と寝ていた少年が、
    カメラを持っているぼくをみて、
    家の自慢の豚を撮ってくれとおきあがった。
    豚をさわる手つきがちがう。
    牛飼いは牛を、羊飼いは羊を、
    そして豚飼いは豚を、
    ほんとうに大事に、やさしく、愛おしんでいた。

    日本には「この子は家族」と言い、
    ペットの子犬をバックに入れて持ち歩く人たちがいるが、
    ぼくはあの光景をみるたびに、どうかと思う。
    動物虐待なんじゃないか、と思う。

    影の下では、けものも、人もみな、おだやかな顔をしている。

  • 201006.02

    バンガロールの友だちの友だちに誘われて行った
    郊外の村グルスクール。

    音楽や演劇をやっている若者(実家はスゴイ金持ち)が集まって、
    寒村の牧場の土地を買い、トムソーヤ的な小屋や、コテージを作った。
    週末になると、仲間たちで集まって、ゆったりとした時間を過ごすのだという。

    その晩はちょうど満月だったので、フルムーンの音楽パーティーだった。
    まぶしいほどの月の光の下。火を起こして、若者たちが輪を作る。
    あちらこちらでギターや、歌う声。そして、香ばしい煙。
    その昔、日本でもヒッピー、フォークブームのころは
    こんな感じだったのかしら…。

    妙なテンションで疲れていたぼくは夜中12時を回ったころにウトウト、
    翌朝、目が覚めて、最初に飛び込んできたのがこの光景だった。
    暗いうちはわからなかった。椰子の葉や茎を編んで作った
    簡素な小屋は、絶妙に光をさえぎりつつ、
    細かな光の粒を部屋の中に取りいれていた。

    いつかカルナータカの西海岸の小さな村に、
    小屋を建てられる日がきたら、こんな小屋にしようと思った。

  • 201006.01

    カルナータカ州、遺跡の町ハンピにて。
    あまり観光名所には行かないし、
    遺跡系名所にも興味がないのだが、
    この町のいいところは、
    ぼんやり散歩できる道がたくさんあるところだと思う。

    散歩中、日差しをさけて、岩の合間で一休み。
    岩と岩との間が美しい影を作っていた。
    丸もいいが、潔い三角というかたちも好きだ。

    インドの地理を説明するとき、手で三角形をつくって
    話するのが好きだ。